それに対して、多くの滝は、長年に渡って流れる水によって形成される。典型的には、岩石の地層を横切って流れる水流があると、侵食に強い岩脈部分が棚として残るのに対してその先の侵食に弱い地層部分が削られて落ちる。結果、残った棚は落ちた部分に対して隆起した状態になる。さらに月日が経過すると、棚の端が徐々に削られ滝は絶えず上流に移動していく。同時に多くの場合、侵食に強い棚に対してその下の地層は弱い地層からなるため、棚の下の層が侵食され、滝の下では水のカーテンの後ろに洞窟状の窪みが形成される。滝の上の水流は、堅い棚の上を流れるために流れは広く浅くなり、滝の直下は、落下によって勢いがついた水が地面を叩くために水溜まりができる。
マスメディアや出版、電気通信、情報工学、映画製作業界の重要な拠点で、トムソンコーポレーション、CTVグローバルメディア、ロジャース・コミュニケーションズ、アライアンス・アトランティス、セレスティカが本部を置く。そのほか代表的なカナダ企業にフォーシーズンズ・ホテル、フェアモントホテル、ハドソン湾会社(HBC)、マニュライフ・ファイナンシャルがある。製造業の多くは市外に拠点を置くが、それでも卸売りと流通産業においてトロントは重要な拠点となっている。 ケベックシティとウィンザーを結ぶ道路と鉄道路線網は、沿道の自動車産業や製鉄、食品、機械、化学、製紙業の生産において重要な要素を担っており、1959年に完成したセントローレンス海路は五大湖と大西洋を船で航行することを可能にしている。カナダ統計局による最新の国勢調査の統計によると2006年の人口は250万3、281人で2001-2006年の人口増加率は0.9%であった。国際連合開発計画によると、トロントは国外で生まれた移民の割合がマイアミに次いで世界で2番目に多い都市となっており、マイアミでは移民の出生地の多くはキューバや他の南米諸国であるのに対し、トロントはひとつの国や文化が圧倒的な割合を占めることがなく多様性に富んでいる。
インディアンの食文化のうち、ペミカン、サコタッシュ、「揚げパン(フライブレッド)」などは今日でもよく知られており、米国民の食文化に取り込まれたものもある。米国の重要な作物であるトウモロコシ、カボチャやウリ、インゲンマメ、タバコ、トウガラシはインディアンが昔から栽培していたものである。バッファローの肉とベリーの実などを練り合わせた、大平原部族の伝統的な冬用携帯保存食料「ペミカン」は、世界各国の南極探検隊にも採用された。南西部のプエブロ諸族やナバホ族は、19世紀初め頃からスペイン人の持ち込んだヒツジの放牧を行うようになった。彼らの家畜数は連邦によって頭数を制限されており、年次ごとのチェックで頭数を超えた家畜は、白人の管理官によって強制的に溺死させられる。カリフォルニアの捕鯨民族マカ族は、1999年5月17日、連邦政府が条約を破って70年間禁止してきたコククジラ漁を、これに伴うポトラッチの祝祭と併せて復活させた。シー・シェパードなど反捕鯨団体からの脅迫や嫌がらせ、州警察による漁師達の逮捕という圧力を受けるなか、2007年9月12日にも、再び捕鯨を行った。彼らはアメリカで唯一捕鯨を条約で保証されている部族であるにもかかわらず、現在、全米各地の関係者でも当事者でもない者たちから批判や訴追を受けている。
ラテン・アメリカでは解放の神学の熱心な推進者として多くのイエズス会員が知られている。解放の神学は時に微妙な政治の領域へ踏み込む危険があるため、カトリック教会において物議をかもしてきた。前教皇ヨハネ・パウロ2世は数度にわたってその行き過ぎを非難している。ペドロ・アルペ総長時代、イエズス会の活動テーマとして「社会正義と社会的弱者への優先的配慮」が掲げられた。オスカル・ロメロ司教暗殺から10年ほどたった1989年11月16日、イエズス会の六司祭(イグナシオ・エラクリア、セグンド・モンテス、イグナシオ・マルティン・ベロ、ホアキン・ロペス・イ・ロペス、フアン・ラモン・モレノ、アマド・ロペス)と家政婦をしていたエルバ・ラモスとその娘セリア・マリセラ・ラモスがエル・サルバドル軍兵士によって中央アメリカ大学の構内で殺害された。彼らは貧者の保護者であったため、政府から破壊活動を扇動しているというレッテルを張られた上での殺害であった。この事件はイエズス会全体の社会正義運動に対する意識を高め、殺害した兵士たちがアメリカ合衆国のジョージア州の基地で訓練されたことからアメリカ軍に対する抗議運動へと発展することになった。2002年にはボストンカレッジの総長でイエズス会員のウィリアム・リーハイがカトリック教会を「危機を超えて再生へ向かわせる」とうたった21世紀プログラムを発表した。その中ではカトリック教会の検討すべき課題として司祭の独身性、女性の役割、信徒の役割などがとりあげられた。