オノンダーガ族はデモ決起の際に、彼らの保留地内を通る州立高速国道81号線横の案内掲示板に、「ジョージ・カスター・パタキ、ニューヨーク州警官、オノンダーガ市保安官によって、裏切り者、強姦犯と人殺しによる支配が保障されるオノンダーガ国」との文言を掲示した。 2000年8月17日、パタキ知事はイロコイ族のインターネットによる煙草の非課税通販を禁止する法案に署名した。1987年から煙草の通販を開始しているセネカ族は「この決定は保留地で暮らすセネカ族の生活に大打撃を与えるものだ」としてこれに猛反発、バッファロー市で同州の部族の顧問弁護士を務めるジョゼフ・クラングルは、「パタキ知事が1997年の最後の課税抗議の際に、インディアンと交わした約束を破るなどとはとても信じられません」とコメントした。ニューヨーク州は煙草1箱1.11ドル(当時)と、全米最高率の税を課している。一方、市価よりはるかに安価で煙草を販売しているインディアンのインターネット・サイトは50を超えている。パタキ知事の署名したこの法案はまた、「ユナイテッド・パーセル・サービス」や、「フェデラル・エクスプレス」などの、州の納税印のないインディアンの煙草の宅配業者も処罰の対象とするものであり、違反者に対しては「E級犯罪」として最高1年、再犯時は最高4年の実刑を課し、州衛生局によって最大5000ドルの罰金を科せられた。さらに州税法改正によってこれに「D級犯罪」が加えられ、最終的に最大7年の実刑が課されるものとなった。
先住民はしばしば開拓者や建国初期のアメリカ人が新大陸で生き延びるのに多大な貢献をしてきた。ポカホンタス、スクァント(Squanto)、マサソイト酋長、サカガウィアらはアメリカの建国神話に欠かせない存在である。初期の開拓者の男性たちは未知の土地で生存するためにしばしば先住民のサバイバルの知恵を身につけた。彼らの中には先住民の女性を妻とした者が少なくなく、結果として多くのアメリカ人が先住民の血を引いている。アメリカの重要な作物であるトウモロコシ、カボチャやウリ、インゲンマメは先住民族が昔から栽培していたものである。現代の防寒着アノラックやパーカは北極圏のイヌイットやエスキモーの防寒着を元にしており、カヤックやカヌーは現在でも先住民族の使っていたもののデザインを忠実に受け継いでいる。大平原の先住民族の伝統的な携帯保存食のペミカンは世界各国の南極探検隊にも採用された。 ニューヨーク州立大学バッファロー校のドナルド・A・グリンド・ジュニア博士(Donald A. Grinde Jr.)をはじめとする歴史学者らは、アメリカ合衆国の民主制度はイロコイ連邦の民主制度がモデルとなっていると主張している。先住民族はしばしばアメリカのロマンティックなシンボルとして用いられてきた。先住民族に由来する名前は、アメリカの地名や野生動物の名称によく見られる。ニューヨークのタマニー・ホール(Tammany Hall)という民主党マシーンは先住民の言葉を政治に好んで用いた。近年になって差別的という意見が大多数を占めるまでは、大学や高校などがスポーツチームのマスコットに先住民族のキャラクターを採用することも珍しくなかった。
後者の方式はゴム引布製起伏堰、通称ラバーダムなどと呼ばれるもので、倒伏の確実性が高いことや動力がわずかで済み、費用がかからないことなどから起伏堰として近年よく採用されている。引上堰(ひきあげぜき)は、上下に開閉する門扉をもつ。止水が容易で操作の信頼性が高いため、大規模な可動堰のほとんどはこの方式である。固定堰(吉野川第十堰)
米英戦争の舞台になった市内北部と南部のエリア沿いには、ゴルフコースもある。イロコイ族の先住民が定住していたが、1670年代に、フランス人司祭ルイス・ヘネピンがこの地区を訪れて以降、17世紀からヨーロッパ人の入植が始まった。19世紀初頭から観光業が始まり、地元経済の重要な産業となる。観光地として著名であることを利用して、同市は新婚旅行先としての宣伝を自ら展開した。