この戦争の結果として、戦争中にイギリス商品の輸入がストップしたため、アメリカの経済的な自立が促され、アメリカ国内で多くの産業、工業が発展した。このため米英戦争は、政治的な独立を果たした「独立戦争」に対して、経済的な独立を果たしたという意味で「第二次独立戦争」とも呼ばれている。この戦争のさなか、アメリカ合衆国の国歌「星条旗」(英:The Star-Spangled Banner、星の煌く旗)が生まれている。歌詞は、1814年当時35歳であった詩人・弁護士のフランシス・スコット・キー(上述)による。キーは、「マックヘンリー要塞の戦い」において、捕虜として捕えられた友人の釈放交渉のためイギリス軍艦に乗り込んだ。英国側の司令官は、最終的にはキーもその友人も解放することに同意したが、英軍の機密保持のため、イギリス艦隊がマクヘンリー砦を砲撃する間、2人は軍艦内に抑留されることとなった。激しい夜間砲撃の後、夜明けを迎えたキーらは、停戦後も砦の上にひるがえる星条旗を目にする。キーは自らの体験をすぐさま「マックヘンリー要塞の防衛」という詩にあらわした。これが、「天国のアナクレオンへ」という当時アメリカで人気のあったイギリスの俗謡のメロディに合わせて歌われるようになったのがアメリカ国歌のはじまりである。
近年の旱魃は周囲の動植物、とくにカモシカに大きな影響を与えた。国立公園ではアフリカゾウ、バッファロー、キリン、シマウマ、そして様々な種類のカモシカが豊富に生息しており、ベルベットモンキー(Vervet Monkey)やヒヒに至っては街中でも見られるほどである。一方、ライオンやヒョウはその性質上、容易には見つけることができない。滝の上流、ザンベジ川およびチョベ川沿いにはアフリカゾウ、カバ、ワニが多数生息している。渇水期になると毎年決まった場所でアフリカゾウが川を渡る姿が見られる。
イギリス軍は9月のニューヨーク州とメリーランド州での攻勢でも捗捗しい戦果を上げられずにいたので、視点を南に向けて10、000名以上の部隊を載せた艦隊をメキシコ湾に派遣した。ジャクソンは更に西に動いて、1814年の暮れからのイギリス軍の侵攻に備えた。互いに決定打を欠いたまま戦争が長引くと、米英共に経済的にも軍事的にも疲弊し、講和の動きが出始めた。1814年12月26日、ベルギーにてガン条約が結ばれて米英は講和、米英戦争は終結した。この条約締結後、アンドリュー・ジャクソン率いる民兵軍がニューオーリンズでイギリス軍を撃破した(ニューオーリンズの戦い)。これは当時、新旧大陸間の連絡には船で数週間かかり、講和成立の知らせがすぐには届かず、停戦が遅れたためにおこった。この勝利でアンドリュー・ジャクソンは国民的な英雄となり、後にアメリカ合衆国大統領となった。
国内や海外の映画制作とテレビ制作は地元の大きな産業のひとつとなっており、トロントで撮影されたシーンが多くの映画で見ることができる。トロント国際映画祭は世界の映画産業界においても重要な年間行事のひとつとなっている。イギリスの映画製作会社パインウッド・スタジオがトロント西部に新しい複合型の映画スタジオを建設しており、2008年の秋に一部完成しオープンする予定。カリバナは7月中旬から8月上旬に毎年行われる夏の行事で、北米でも規模の大きいストリート・フェスティバルのひとつ。トリニダード・カーニバルがベースになっており、最初のカリバナは1967年に開催された。その後、40年経ち、パレードにはトロントの湖岸に毎年100万人もの人々を惹きつけるほどに成長し、観光客も多く訪れる。そして、毎年このイベントではおよそ3億カナダドルもの経済効果をもたらしている。トロントの最も有名な観光地はCNタワーで、1976年以来、世界で最も高い地上建築物として知られていたが、ワルシャワラジオ塔、ブルジュ・ハリファなどに抜かれた。