こうしてアメリカから仕掛けられて始まったのが米英戦争である。1812年6月18日、アメリカ第4代大統領ジェームズ・マディスン政権のときに米国議会はイギリスに宣戦布告した。外交的な論争が何年も続いた挙げ句の開戦ではあったが、どちらの側も戦争の準備はあまりできていなかった。
1981年、連邦最高裁判所はセミノール族のビンゴ場経営の権利を支持する判決を下した。1987年、カリフォルニアの「ミッション・インディアン」のカバゾン・バンドが高額賭率ビンゴ場を開設。その差し止めを要求する州と法廷闘争となった。この係争は「カリフォルニア対ミッション・インディアン・カバゾン・バンド」裁判と呼ばれている。米国最高裁判所はこれに対し、「市民法280条(「ブライアン対イタスカ郡」裁判)」を基に、「インディアン部族による賭博の開催は連邦と州の管轄外であり、カリフォルニア州にそれを罰することはできない」とする裁決を下した。
北米最大のプロリーグであるNHLは1917年にカナダで設立され、その後アメリカ合衆国へと拡大した。現在カナダ6チーム、アメリカ合衆国24チームの計30チームからなる。NHL選手の半数以上がカナダ人である[22]。アメリカ合衆国ではNFL、MLB、NBAに次ぐ4番手に位置づけられるNHLだが、カナダでは絶大な人気を誇る。特にカナダ最大の都市トロントを本拠地とするトロント・メープルリーフスと第二の都市モントリオールを本拠地とするモントリオール・カナディアンズは宿命のライバルとして知られている。NHLの優勝決定トーナメントであるスタンレー・カップにカナダのチームが勝ち進むと大きな盛り上がりを見せる。男子はオリンピックでは初採用となった1920年のアントワープ五輪から1952年のオスロ五輪まで7大会で金メダル6度、銀メダル1度の圧倒的強さを誇っていたが、ソビエト連邦や欧州諸国の台頭に伴い、長らく金メダルから遠ざかった。2002年のソルトレイクシティ五輪では50年ぶりの金メダルを獲得し、2010年の地元開催となったバンクーバー五輪では男女とも金メダルを獲得している。カナディアンフットボールはカナダでは単にフットボールと呼称し、隣国アメリカ合衆国で盛んなアメリカンフットボールに非常によく似たスポーツである。カナダではアイスホッケーに次いで人気のあるスポーツであり[23]、国内8チームからなるプロリーグカナディアン・フットボール・リーグ(CFL)の優勝決定戦グレイ・カップはカナダ最大のスポーツイベントである[24]。CFLはアメリカ合衆国への拡大を何度も試みているが、現時点では失敗に終わっている。ラスベガスなどのNFLチームのない都市がCFLチームを登録しているが、観客動員が振るわず財政難に陥り、現在休止中となっている。野球は隣国アメリカ合衆国の影響を受け、カナダでもポピュラーなスポーツの1つである。カナダ最大の都市トロントを本拠地とするメジャーリーグベースボール(MLB)のトロント・ブルージェイズ(1977年設立、アメリカンリーグ東地区)は米国外に本拠地を置く唯一の球団である。ブルージェイズは世界初の本格的開閉式ドーム球場ロジャース・センター(旧称スカイ・ドーム)を本拠地としており、1992年、1993年にはワールドシリーズを連覇した。当時はブルージェイズがMLB屈指の強豪球団であったため、1991年にはMLB史上初めて年間観客動員が400万人を突破した(1993年まで継続)。しかし、近年のブルージェイズは成績・観客動員共に低迷状態にある。また、かつてはカナダに本拠地を置くもう1つの球団としてモントリオール・エクスポズ(1969年設立、ナショナルリーグ東地区)が存在したが、フランス語圏であるモントリオールは英語圏に比べて野球の認知度が低く、慢性的な財政難に悩まされていた。結局、エクスポズは2005年にワシントンD.C.に移転した。カナダ出身の野球選手では、ラリー・ウォーカー、ジャスティン・モルノー、ジェイソン・ベイらが有名である。
1881年、アメリカ連邦議会はインディアンのあらゆる宗教儀式を非合法化した。かつては「発汗小屋(スエット・ロッジ)」の話をしただけで逮捕されたのである。しかし逮捕や投獄の圧力を受けても、インディアンたちは脈々と信仰を受け継いできた。現在インディアンの間にもっとも普及している宗教はコマンチェ族最後の酋長クァナー・パーカーを開祖とする『ネイティブアメリカン教会』(Native American Church)である。キリスト教のシンボリックな要素と多くの異なった部族からの霊的な習慣の要素を組み込んで1890年代に興った習合的な教会である。ちなみに、クアナ自身は生涯、キリスト教徒にはならなかった。もともとは、メキシコのウィチョール族などが行う「ペヨーテ狩り」の儀式が元になっていて、ペヨーテのもたらす霊的な幻視と、その薬効の会得手順を儀式的に整えたものである。