世界遺産登録基準は、当初、文化遺産基準 (1) - (6)と自然遺産基準 (1) - (4)に分けられていた。しかし、2005年に2つの基準を統一することが決まり、2007年の第31回世界遺産委員会から適用されることになった。新基準の (1) - (6)は旧文化遺産基準 (1) - (6)に対応しており、新基準(7)、 (8)、 (9)、 (10)は順に旧自然遺産基準(3)、 (1)、 (2)、 (4)に対応している。このため、実質的には過去の物件に新基準を遡及適用させることが可能であり、現在の世界遺産センターの情報では、旧基準で登録された物件の登録基準も新基準で示している。基準が統一された後も文化遺産と自然遺産の区分は存在し続けており、新基準 (1) - (6)の適用された物件が文化遺産、新基準 (7) - (10)の適用された物件が自然遺産、(1) - (6)のうち1つ以上と(7) - (10)のうち1つ以上の基準がそれぞれ適用された物件が複合遺産となっている。登録基準の内容は以下の通りである[15]。
これを知らない白人たちは、西部に押し寄せた際に、彼らの頂く大統領のような、絶対的な権限を持つ「全部族大酋長(そんなものは存在しない)」と条約交渉を結ぼうとした。しかし、仮に「A」という酋長が白人と何かの約束事に賛同しても、それは「B」や「C」ほかの酋長とはまったく関係のないことであり、部族全体に何ら影響しないものだった。レッド・クラウドなどは、まさに白人が「大酋長」と勝手に決めてしまった存在であって、彼がいかに「ララミー砦条約」などで署名をしたとしても、彼は一介の部族員にすぎず、ましてや合議を経ていない以上、部族全体にとっては何の意味もなさなかった。19世紀の「開拓の時代」の、白人は「酋長と取り決めをしたのに、部族員が従わない」としてインディアンを、インディアンは「白人には何人代表者がいるのか、無理やり約束をさせておいて来るたびに違うことを言う」として、互いに「嘘つき」呼ばわりするという対立構図の根底には、そもそもがこれら相反する文化の違いがあった。そしてそれは、「グラッタンの虐殺」のように、家畜をめぐる些細な諍いから酋長たちが虐殺されるような悲劇を数々生んでいる。また、狩猟と交易を生業とした平原インディアンにとって「土地」は「不動産」ではなく、誰のものでもなかった。彼らは獲物を追って常に移動するものであり、ある部族をある土地から追い出したとしても、それは恒久的なものではなく、また和平を結べば共有できるものだった。白人が彼らを一区画に閉じ込め、移動を禁じるという「保留地」の考えは、平原インディアンにとってまったく理解できないものだった。
ニューメキシコ州では特に、スペイン人の宣教師によってもたらされたカトリックとインディアンの宗教の習合がよく見られる。この背景には、かつてキリスト教を強制し、古来の信仰を弾圧してプエブロの反乱が起きたことを教訓とした宣教師達が部族民の古来の信仰に対して譲歩したことがある。文化学者マチルダ・スチーブンソンはこう報告している。「プエブロの人々は表向きはカトリックと自称している。しかし、神父たちがいなくなれば、彼らは古来の儀式を始めるのだ」特定の守護聖人を持つプエブロは、守護聖人の聖日を特別な料理を作って祝い、プエブロを訪れた観光客にも振る舞う。プエブロ民族のドラム演奏、詠唱、および舞踊は、サンタフェの聖フランシス大聖堂での定期的なミサの一部ともなっている[3]。クラン(氏族)を中心とした、農耕と狩猟に関係した精霊群への祈祷が基本である。人身御供の行事が多く行われ、敵対者や指導者の心臓や肉は、霊力を得るものとして儀礼的に食された。儀式の踊りに、鹿など動物の仮面を用いる。
アメリカ合衆国は元々先住民族であるネイティブ・アメリカンが住んでいた土地に、16世紀からはヨーロッパからの植民者が、17〜19世紀には奴隷貿易によりアフリカからの黒人奴隷が、19世紀からはアジアからの移民が入って来て、さらに人種間で混血が起ったため、「人種のるつぼ」と呼ばれてきたが、実際には異人種が融け合って生活する社会が形成されるよりも、「ゲットー」と称されるアフリカ系アメリカ人居住地域やチャイナタウンが代表するように、むしろ人種による住み分けが起きていることから、近年ではアメリカ合衆国を色々な野菜が入ったサラダに例えて「人種のサラダボウル」と呼ぶことが多くなった。こうした中で人種差別問題、特にヘイトクライムと呼ばれる人種差別主義者による凶悪犯罪が頻繁に発生し、大きな社会問題となっている他、南部や中西部を中心にKKKなどの人種差別的な団体が未だ半ば公然と活動している地域も存在する。また、アフリカ系の死刑執行率がヨーロッパ系に比べて極端に高いなど、裁判制度の不公平性も問題となっている。現在も合法違法を問わず移民が多いことに加え、アメリカの合計特殊出生率は2.0〜2.1前後で横ばいに推移しており非常に安定している。2005年度の合計特殊出生率は2.05と先進国の中ではトップクラスである(移民層の出生率が2.71と高いが、アメリカ合衆国で生まれた女性の出生率も1.98、白人女性に限っても1.85と先進国の中では高い[21])。以上のことから、人口は自然増、社会増双方の要因により増加し続けている。2006年には総人口が3億人を超えたと公式に発表された。